栄養学は畜産動物の健全な育成、ヒトの健康維持において非常に重要な役割を果たします。その役割は多岐にわたり、①成長や健康維持において必須の栄養素、②味覚や嗜好性に関わる食品成分、③強力な生理作用を有する食品成分などに分けられます。我々の研究室では、上記の3点について、動物(ニワトリ・ウズラ・マウス・ラット)と細胞を用いて研究を展開し、新たな栄養生理学コンセプトを提案していくことを目指しています。特に、肝臓、腎臓、卵巣における組織特有の代謝・輸送機構の解明や食品由来の成分の持つ新たな生理機能の発掘について、遺伝子・脂質・親水性化合物といった様々なレベルでの網羅的解析、タンパク質の発現特性・組織内局在の解析などを駆使して研究しています。
卵用鶏
卵は完全栄養食品であり、我々が必要とする栄養素のほとんどが含まれています。特に、タンパク質が豊富で、アミノ酸バランスにも優れているため、我々の食生活に欠かせないタンパク質源の一つです。我が国における鶏卵の自給率は90%を超えており、今後も高効率で持続可能な鶏卵生産を達成する必要があります。その一方で、卵からは次世代のヒナが誕生するため、生命の源とも言えます。したがって、卵には生命維持に必須の生理活性成分が豊富に含まれており、これらの成分の由来と機能を明らかにし、産業応用へとつなげる研究を展開しています。
卵の形成機構の解明とそれを用いた機能性卵の開発や免疫増強への応用
卵には抗体であるIgYやうまみ成分の一つであるグルタミン酸が豊富に含まれています。これらは母鶏の血液に由来しますが、卵巣においてどのように選択的に卵黄に輸送しているかはほとんど理解されていません。これまで、IgYの輸送にはFcRYという膜貫通タンパク質が関与していることを報告しています(Okamoto et al., Front. Immunol., 2024)。ニワトリの卵巣が持つ特有の輸送システムの解明を目指しています。
コメの新しい生理機能の発掘と生産物としての卵の差別化
ニワトリの飼料原料であるトウモロコシと大豆粕はほとんどを輸入に頼っているのが現状です。社会情勢などにより飼料原料価格は大きく変動するため、飼料自給率の増加は安定的な畜産物生産において非常に重要です。我々は日本で自給可能なコメをトウモロコシの替わりに用いて、安定的な鶏卵生産を達成できるのか、またそれにより母ドリの健康を維持し、これらの鶏が生産する卵の栄養素や生理活性成分がどのように変化するかを調べています。
脂肪肝の発症機構の解明
鳥類は卵を生産するため、卵黄に豊富に含まれる脂肪を大量に合成する必要があります。この脂肪の供給源となっているのが肝臓です。肝臓は様々なホルモンの刺激を受けて肝臓で脂肪を合成するために、鳥類の肝臓は潜在的に「脂肪肝」になりやすい性質を持っています。特に、ニワトリにストレスがかかったり、加齢が進むことでこれらの病態が進行します。我々は、ニワトリが健康で長期にわたって卵を生産することを可能にするため、この脂肪肝の発症機構を解明し、その発症を抑えるための栄養因子の発掘を目指しています。
肉用鶏
卵と同様に鶏肉も非常に重要なタンパク質源です。肉用鶏の体重は、孵化後は50g程度ですが、7週間後には3kgを超え、非常に早い成長スピードを示します。また、鶏は孵化後、卵黄に由来する脂肪に依存したエネルギー代謝から、飼料の糖質・タンパク質に依存したエネルギー代謝にドラスティックにシフトします。我々は肉用鶏の持つ急速な成長に関して栄養代謝学の観点から研究しています。
鳥類特有のアミノ酸代謝機構の理解とそれを用いた畜産学への応用
ポリアミン(プトレシン・スペルミジン・スペルミン)はアミノ酸から代謝されるアミン化合物であり、細胞増殖、タンパク質代謝や細胞機能に深く関与します。哺乳類は様々な臓器でポリアミンを合成するのに対し、肉用鶏では腎臓がポリアミン合成を行っている可能性を発見しており(Furukawa et al., Amino Acids, 2022)、種特異的なポリアミン代謝機構を明らかにしています。現在、肉用鶏において、ポリアミンを腎臓でどのように合成しているのか、ポリアミンが成長とどのようにリンクするのかについて研究を進めています。
健康栄養科学
肥満時には生体内において酸化ストレス・脂質蓄積・炎症・腸内細菌叢などの生理的変化が生じ、またそれらは循環器疾患、癌、糖尿病や認知障害などの非感染性疾患と密接に関連するため、肥満はQuality of Lifeを低下させるリスクファクターの一つと認識されています。我々は食品成分の持つ肥満や肥満に伴う組織機能の障害の予防効果・改善効果について研究しています。
肥満や脂肪肝を予防・改善する食品成分の発掘とその作用メカニズムの解明
ポリアミンやビタミンCの持つ肥満・脂肪肝の改善効果の有無やその作用メカニズムについて研究を進めています。高脂肪食を用いた肥満モデル、ビタミンC合成不全ラットや肝臓細胞を用いた実験を行っています。